旅にはいろいろある

大人は4:30起床した。
念のため、座席指定の確認をしてみると、なんと指定がキャンセルされている、、、慌てつつも再度指定をしたところ、3人分については3人席の端と端、その一列前の真ん中がとれたので、機内で交換してもらえないか交渉することにした。
荷物の最終チェックをし、金魚にエサをあげ、子供たちを起こして準備させ、家中の電気を消して出発した。最寄り駅は5:30ころに到着し、予定通りの電車に乗った。

池袋に到着すると、なんと電車が止まっている。京浜東北線の人身事故の余波を受け、山手線が止まっているとのこと。品川まで行かなくてはいけないのだが、どうにもルートがないので、しばらく待って、湘南新宿ラインで大崎まで行き、山手線の運転再開をまつことにした。なんとか品川に到着するも、目の前で羽田空港行きが出発し、10分待ち。その電車に乗ってみると、羽田空港着は7:36で、7:55発の飛行機にはきわめてぎりぎりの状況だった。JALのコールセンターに電話したが、急いで手荷物検査場に走ってくれの1点張りで、覚悟を決めて、子供たちと一緒に走ることにした。
羽田空港駅に着き、荷物を抱えて3Fまで走った。到着すると、お急ぎの検査場には、8:00発のかたへのご案内があり、7:55は締め切ったとの表示とアナウンスがされていた。とりあえず突っ込んで係員に聞いてみると通してくれて、通過はさせて頂けるらしい。妻と子供たちがくるのを待って、検査を受けると7:45になっていて、同じ便にのる妹からのTelがやってきた。もう搭乗がはじまっている。。。もう一踏ん張りで搭乗口まで急ぎ、なんとか間に合った。
なんとか機内に滑り込むと、3人席にとりあえず座らせてもらって、真ん中の方を待った。最後のほうになって、若いお兄さんがやってきて、苦笑いしつつも席を交換してもらい、子供たちと妻の3人は隣り合わせになった。妹とその子供は偶然、3人席の並びの2席で、子供たちもだいぶ安心できた様だ。
小松までの飛行は、揺れが予想されていたもののひどくは揺れず、羽田の混雑分くらいの遅延で済んだ。

小松から金沢へは空港バスで移動し、金沢駅前のホテルに入った。前日入りした末妹の部屋にとりあえず入って、荷物を置いて、昼食をとった。
夕方、通夜の会場に移動した。叔父夫婦や伯母、いとことは久しぶりで、祖父の兄弟や祖母の兄弟に至っては、20〜30年ぶりに会うことになった。
通夜では、祖父母の孫の世代では唯一の男子ということもあって、親族席に座り、参列者に挨拶を続けた。
通夜の後、親族で食事をとったあと、ホテルに帰った。父と叔父、伯母はその会場で亡き祖母とともに文字通り通夜をするとのことだった。
参議院議員県議会議員から弔電が届いていたり、市議会議員が参列していたりしたのはすこし驚いた。